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About Hitoko U. Burke

 
上山仁子(Hitoko Ueyama Burke)
アートディレクター/グラフィックデザイナー

神戸生まれ、東京育ち。1992年よりアメリカ東海岸(ニューヨーク&ノースカロライナ州)在住。

ニューヨークのアートスクール(School of Visual Arts, NY)、グラフィックデザイン科卒業。

子どもの頃は、読書が好きでひたすらピアノに向かっているおとなしいタイプだった。

学生時代『伊勢丹』PR誌のモデルをした時に知り合った、アートディレクターの鈴木誠氏にグラフィックデザイナーになる道を誘われ、そのまま彼のアシスタントになる。

伊勢丹『シンデレラプレス』、『イプサ』季刊誌 『kawaii click』などの制作を通してデザインの基礎を学ぶ。宮沢りえ「ふんどし」カレンダーにもスタッフとして参加。

日本でバブルがはじける頃、コンピューター(マッキントッシュ)の導入と共に、デザイナーとしての将来設計を真面目に考え、渡米を計画する。

当時グラフィックデザイナー として参加していた長野オリンピック招致活動が終了した 1992年の初夏、ニューヨークへ渡る。3ヵ月後の父親の突然の死去で一旦帰国することになるが、翌年意を決して再度渡米。スクール・オヴ・ヴィジュアル・アーツ、デザイン科に入学する。

在学中、ティナ・ブラウン率いる雑誌社『The New Yorker(ニューヨーカー)』でのインターンを務め、ニューヨークのセレブたちと知り合う。写真家アヴェドンや、リーボヴィッツなど巨匠たちとも仕事を共にする。

フリーランスとしても仕事を続けていたが、 大学卒業後、映画のタイトルを制作する会社へアートディレクターとして就職。ウディ・アレン、ハル・ハトリー、エイベル・フェラーラなど、ニューヨークを拠点とする映画監督の作品を担当する。ヒッチコック映画など多くの名作タイトルを手掛けたデザイナー、ソウル・バスからも影響を受けた。

その後、『harmon design』でのシニアグラフィックデザイナーとしての経験を経て現在は、ローカルガヴァメントのマーケティング部署所属グラフィックデザイナーとして働きながら、フリーランスの仕事も続けている。

2006年秋に、『hitoko u.b. new york』という自身のブランドラインを立ち上げ、シルク100%のスカーフを発表する。ニューヨークフィスフアヴェニューの当時はハイエンドなファッション小物を多く扱っていた日系百貨店の『高島屋NY』でデビューを飾った。

3人の子どもを持つワーキングママとして、1990年代後半から執筆活動を始め、現在まで2冊のエッセイ本を出版するかたわら、新聞など各媒体でニューヨークの生活を中心とした子育てに関するコラムなどを書き続けている。

2009年7月8月号より日系フリー新聞の編集長に就任。プロボノ(ヴォランティア)活動の一環として、2012年5月辞任するまで、アメリカノースカロライナ州トライアングルエリアの日本人コミュニティの為に貢献した。

また、2011年には、元父兄として、ウェストチェスターのニューヨーク補習授業校の50周年を記念する校章と校旗の制作もボランティアとして携わった。

現在は、大きく成長した子どもたちの子育て完了に向けての最後の試みに日々奮闘する中、女性(特にシングルマザー)に対する偏見や差別がなくなり女性の社会的地位向上のために何ができるか真剣に思考中。余暇には、数年前から始めたサルサダンスを楽しんでいる。